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黒田投手という男を支えた雅代夫人のひと言ってどんな言葉なの?! [野球]



野球人生の最後は

お世話になった

広島カープでプレーして感謝を示したいと

アメリカのメジャー球団の

20億という巨額の年俸をけって

4億円の年俸の広島に

帰ってきて

ちょっとかこいい男気を私達に

見せてくれた黒田投手ですが・・・

1黒田投手.jpg




実は

黒田投手

広島カープからドジャースに移籍した当時

不運に見舞われていました。


黒田投手2.jpg



2009年8月15日

アリゾナ州フェニックスでの

ダイヤモンドバックス戦のこと。

黒田は六回、先頭打者の強烈な打球を

右側頭部に受け、マウンドで倒れ込んだのです。



後半に続く↓


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後半はこちらから↓↓↓↓↓







首などを器具で固定され、

カートでグラウンドを出る黒田姿は、

テレビで全米に何度も繰り返し

放送されました。


この時、

遠征先での黒田のアクシデントを、

奥様の雅代さんは

自宅のテレビで見ていたそうです。


そこに救急車の中から黒田の電話・・・

『死んだかと思った』と

雅代さんの涙声が・・・



そして

電話の黒田の元気そうな声に

ほっとした笑顔が目に浮かんだ黒田・・・


救急車搬送中でも奥さんの心配を

やわらげようとの黒田の気遣いから

黒田夫婦の絆の深さが

わかりますね。

黒田投手3.jpg




雅代夫人はさっぱりとした気丈な性格だそうで、

決して出しゃばることはなく、

球場での観戦は年に数試合。


それでいながら、

いつも黒田の体調や、

ちょっとした心の傾向を理解していたのです。





実は

黒田は

広島からドジャース入りした年から、


・エースから新人へ立場の違い

・言葉、文化、野球の質の違い

・勝ち星も伸びない状況

・慣れない中4日の登板で慢性的な右肩痛

・期待に応えられないもどかしさといら立ち

・3年で約40億円の大型契約のプレッシャー


などに

苦しんでいたのです。




そんな苦しい精神状態を変えたのは

やるだけやって、駄目だったら

一緒に広島に帰ればいいじゃない

という

雅代夫人のひと言だったそうです。

黒田投手4.jpg


黒田は

言葉には出さないが

妻自身も異国で幼い娘2人を抱えた

ゆえの不安プレッシャー

気づかされたようで


のちに

「あれで目が覚めた。

どれだけ自分のことばかり考えてたんや、

ってな」としみじみ語っていたそうですよ。


黒田投手6.jpg



3年で約40億円の大型契約を

「懲役3年や」と口にした黒田投手の

抱えてしまった重圧を

理解した奥様の支えは大きいですよね!




過酷な環境に身を置いたからこそ

感じられるものがあるという事でしょうか・・・・




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